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響きあういのち ~野生の森のコンサート~

森のコンサートのご案内です

info1とinfo2をクリックして拡大して御覧くださいwink

info1info2

森のコンサートホール完成

コンサートホールの舞台、出来ましたhappy01

みんなの夢が形になり、ついに完成happy02

今、こんな感じになり、竹で客席を500脚作っているところですwink

 

 

 

 

最初はこんな感じでしたcatface

それから、色んな場所で話し合いをしつつ、

余った木をもらいに遠くの森に行き、

 

 

 

強度を上げるため、木を焼き、焼き、sweat01

 

 

 

 

測量をして、骨組みを組み始めました

 

 

 

 

 

 

 

棟梁の指示を聞いて、少しずつ、少しずつ、愉しみながらすすめました

 

 

 

 

 

道も整備し、punch

 

 

 

 

 

しだいにみんな作業にも慣れてきて、eye

 

 

 

 

 

骨組みが完成したら、床張りrock

 

 

 

 完成を待ちきれず、床を半分くらい張れたところで、仲間うちだけでコンサートを開いたり、coldsweats01

みんな音楽が好きなので、演奏したり歌ったりする人がたくさんいますnote

周りが竹林なので音をはね返し、ホールのように響くのですnotes

 

 

みんなで愉しみながら、夢を描きながら・・・

ここまできましたhappy01

 

 

いよいよ念願のホール開きのコンサートが開かれますnotes

記念なので、プロの音楽家の方が5人も来られますnote

12月7日(土)  13:00~15:00 です

詳しくはまたブログに載せますね

脱穀

 

干してあったもち米の稲sun

(こんな風に束ねる作業が結構大変でしたcoldsweats01

今年はよく実りました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

足踏み式の脱穀機で脱穀sweat01

この脱穀機で脱穀すると、米と一緒に葉や茎も幾分ちぎれて混じってしまいます。

 

 

 

 

唐箕に入れて横から風を送りながら落下させると、葉や茎だけが飛んでいき、米だけが下の受け皿に出てきますdiamond

 

 

 

 

京都土の塾では、なんでも手間をかけてやるという方針ですrock

「こういった一連の作業と時を経て、始めて本来の食が実感出来る」と塾長は言われます。

未だに面倒だと思うことも多いですが、「生きている」と感じることが少しずつ増えている気がしています

お正月の餅つきは特に「本来の食」を実感出来て、「生きている」感じがすると思いますdelicious

実りの秋

秋ですね

稲が豊かに実り、収穫をしました

自分で言うのもなんですが、僕はこの時が一番いい顔をしています

けれども、ここに至るまでは色々な事がありましたcoldsweats01

昨年は草引きを怠り、すごく貧弱な稲になりましたcoldsweats02

だから今年は出来るだけ丁寧に田んぼの状態を観てeye、お世話をしましたrock

大きく育った分、稲刈りをして束ねるのも大変ですがsweat01、大事に育てた分、喜びも大きくなりましたclub

今年の稲作のように毎日を丁寧に一歩一歩、歩んでいきたいです

 

武士道(夕焼け京都塾)

日曜日、夕焼け京都塾に行きました。

講師はアレキサンダーベネット氏、内部講師は山折哲雄塾頭でした。

ベネットさんはニュージーランド出身で,色んなスポーツを経験されましたが、日本に来て剣道をする事になり、他のスポーツにはないものを感じられた経験をお話くださいました。

最初に感じられた違いは勝負よりも、気剣体の一致というプロセスを大事にするという点だとの事。

得点したり、勝ったら大喜びして終わりという結果重視ではなく、剣道に於いては審判は、打突部分・打った時の心の状態・刃筋正しく打っているかどうか・打った後の気持ち(残心)などを見るといいます。

 

残心は自分の身構え・気構えであり、剣道においては相手に対する思いやりでもあり、残心があって一本となるとお話されました。

そして、「一本」には前のプロセスと残心があり、「一本」の美というものがあるとお話されました。

 

しかし、柔道では惜しかったら「技あり」「有効」などと言い、点数が付きます。形はどうでも良くなっていて勝つことが全てとなっています。

オリンピック種目になった事で金メダルがゴールとなり、勝った選手はすぐさまガッツポーズをします。残心はあまり見られません。

 

プロセス・心のやりとりがなくなっている事、全てのスポーツにおいてスポーツマンシップが無くなってきている事をベネットさんはとても嘆いておられました。

相撲の世界で横審が何故、ガッツポーズを嫌うのか、少し分かった様な気がしました。

 

ベネットさんはまた、剣道をする事で、自分がミスした事は全て自分の責任だと思うようになったと話されました。

運がが悪いとも言わなくなり、自分に「残心がない」と思うようになったそうです。

残心をもって生活する(後先の事を考えて生活する)事が生活の知恵を得ることにつながったのだと教えて頂きました。

 

剣道はやればやる程得る事が多く、生き方も死に方も教えてくれる、ベネットさんにとっての宗教だと話されました。

厳しい暑稽古や寒稽古で何度も「死んだ」と表現しておられました。しかし身体が限界を感じる中で、何度も倒されていると、しだいにフワフワして変な気持ちになり、だんだん倒されても平気で起き上がれるようになっていったと言います。何かを求めている訳でもなく「これだ」と思われ、剣道に魅せられていったそうです。

厳しい稽古を重ねるうち、「武士道とは死ぬこととみつけたり」の言葉通り、いつでも死ねる勇気をもてるようになったと語られました。

 

「根性と武士道の関係は?」と問われ、武士道を実践するには自分の身を捨てる根性が必要と答えられました。

そして勝負においては自分に負ければ相手に負ける。自分の念に集中し、消極的な声をなくす(ゾーンに入る)事が大事で、勝負の行方は神様に委ねても良いと述べられました。

 

どの言葉もベネットさんの経験に裏打ちされていて、その雰囲気からも、厳しい剣道修行により武士道の精神を修められた人なのだと感じられました。

やはり、自分を追い込む事もしなければ、真の強さは手に入れられず、真の自分には辿り着けないのだろうと感じました。

 

大峯山で死の恐怖に慄いていた(9月のブログ参照)僕は、いつでも死ねる勇気には程遠くcatface、まだまだだなあと思いますcatface

これから歩む道、僕も自分のゾーンに入っていこうと思います

 P.S.

ベネットさんが自分を追い込むところを見てみたかったですが、そうもいかないので、家に帰ってから僕が尊敬する剣士、栄花 直輝さんのビデオを観ました。

この数年間で何度も観ましたが、ベネットさんにお会いしてお話を聴いた後で観ると、栄花さんの心の変化や精神など、前よりも雰囲気を感じとる事ができました。

とても気合が入る映像です。YouTubeにも映像があったので、是非、下をクリックして観てみてくださいねwink

 ただ一撃にかける1   ただ一撃にかける2   ただ一撃にかける3

大峯奥駈修行 2(下山後)

大峯奥駈を何とか到着地点(前鬼)までたどり着き、勤行の後、用意してくださっていた飲み物を頂いた時はとても有難く、美味しくて、安堵感でいっぱいでしたconfident

脚が痛くて、座る形を何度も変えながらも、美味しい晩ごはんをしみじみと味わい、何とかお風呂に入り、歯をみがき、トイレに行き、ふとんに入りました。

ふとんに入ってから周りの人たちと色んな話をしました。

天の川が観えると聞いて、外に出て語ったりもしましたgemini

命懸けの修行を乗り越えた同志との語らいは良い想い出ですnight

次の日、前鬼から10キロ程離れたバス停まで歩き、バスに乗って熊野三山に向かいました。

熊野三山は5年程前に来た事がありましたが、叩きつけるようなどしゃぶりの雨に遭い、那智の瀧も立ち入り禁止になっていたので、もう一度参拝したいと願っていた地です。

 

2日かけて参拝しましたが、山修行の時とは違い、とても良いお天気でしたsun

青岸渡寺にお参りした時には修験道の開祖である役行者(役小角)の像が満面の笑みを浮かべていました。今まで見た中で一番美しい笑顔の役行者でした

那智の瀧も美しい姿を見せてくれました。

熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社も素晴らしく、神気に満ち満ちているようでしたclover

熊野三社で八咫烏について書かれた物や八咫烏のお守りなどをよく見かけました。

京都を出発する前に参拝した聖護院近くの熊野神社にも同じ様な物が沢山ありました。

 

八咫烏は、熊野大神のお仕えで、「八咫」とは、大きく広いという意味だそうです。

日本を統一した神武天皇を橿原まで先導したという故事に習い、導きの神として篤い信仰があります。

八咫烏は太陽の化身とも称され、三本の足があります。

三本の足はそれぞれ天、地、人を顕わし、天とは神、地とは大地(自然環境)を指します。

太陽の下に神様と自然と人が血を分けた兄弟であると云うことです。

 

三本足の鳥といえば、韓国ドラマ「朱蒙(チュモン)」にもよく登場しました。

三足鳥と呼ばれ、占い師ヨミウル[神女]は、最初、三足鳥は民族の英雄ヘモスに映し出されたが、ヘモスの死後は息子であり、扶余(プヨ)の王子である朱蒙に映し出されていると言っていました。

朱蒙は後に高句麗の始祖となりました。

 

この韓国ドラマ「朱蒙」に登場した三足鳥の3本の足もまた天、地、人を顕すのだと言っていました。

 

何故同じ様に言われているのか分かりませんが、三本足の鳥の神話はアジア・北アフリカを始め、世界各国に存在するようです。不思議ですね。これが世の理なのでしょうか?

今後も人間・自然・現象の観察をする旅を続けていきたいです

 

 

自然との関わり

 

大峯奥駈修行を終え、半月が経ちました。

身体はすっかり回復し、日々の仕事と学び、そして自然との穏やかな関わりが戻ってきていますconfident

 

森では、舞台作りが進んでいます。

みんなで山から降ろしてきて、製材してもらった木を腐らないように焼いて、骨組みを作っている写真です。

ようやくこの日、骨組みだけは完成しましたclub

 

 

田んぼでは、

稲穂が豊かに実っていますが・・・

 

 

所々で鹿が遊んで稲が倒れていたので、こんな風に隣の稲と紐で縛って支えてもらう事にしました。

まるで、大峯奥駈修行で脚を痛め、色んな方に助けて頂いて、頭を垂れた僕の様ですcoldsweats01(前回のブログ参照)

この稲もこうすれば元気に実るそうです。

僕も色んな方に助けて頂いた恩を心に刻んで、人生を豊かに実らせたいと思います

 

 

聖護院 大峰奥駈修行

9月1日~6日、聖護院の大峰山修行に参加しました。run

吉野・大峯山から登り、前鬼まで歩き、最後の2日間で熊野三山に参拝するというものでした。

僕が参加した目的は、歩く時の動きと感覚に深く気づくこと。

体力の限界に達した状態で、険しい山道を歩き続けることで、歩くという動きその1点に自然と集中出来るのではないか?

それによって何かこれまでにない感覚が経験出来るかもしれない。

そう思い、参加させていただく事にしました。

9月1日

吉野に到着後、水行があり、吉野神宮を始め、諸堂参拝して歩き、宿坊に泊まりました。

9月2日

ここからが本番でした。午前2時起床、3時出立。真っ暗な道を登り始めました。25キロ、約11時間、山上での護摩などもありました。

思いのほか険しかったですが、ひたすら歩くこと1点に集中し充実した1日でした。山上で一泊。

9月3日

午前3時起床、4時出立。前日、雨が降った事もあり、いきなり、ツルツル滑る岩の下り道。下りでは地下足袋の先が親指に当たり、痛みが出ます。さらに真っ暗の中、ツルツル滑る岩だった為、怖くて足指に力が入ってしまい、夜が明けてきた頃には親指に 血豆ができていましたwobbly。その後、山々を越えたり、一歩踏み外したら落ちて死んでしまうような断崖の上など、難所の連続でした。明るくなっても急な登り降りの滑る岩場に苦労しました。山上まで登ったら平坦な尾根を歩くだけと思っていた僕には、驚きと恐怖の連続でした。行場では足の降ろし場も見えないような急勾配の下り坂を岩壁伝いに降りました。恐怖と疲労困憊の25キロ、約12時間の最後は弥山の宿坊に続く急な上り坂1時間。指を痛めて変な歩き方になっていた事もあり、両膝も痛めてしまいました。弥山で一泊。

9月4日

午前3時起床。4時出立。山越えの最終日。前日の足指、両膝の痛みが残ったままの出立となりました。前日、死の恐怖に何度も襲われた為、出立勤行を真剣に行いました。前日までにリタイアされた方も何人かいましたが、ここでリタイアしたくても帰りようもなく、前向きに考えて一歩一歩進むしかありませんでした。

前日は死の恐怖に怯えながら歩いていましたが、脚の状態を考えると、「怯えながら歩いていたらバランスを崩して本当に死んでしまう」と思い、前向きに考えて25キロ、12時間を歩ききる決意をしました。こうして9月4日の行が始まりましたが、前日よりもさらに厳しい難所が続き、気を張ってもさらに恐怖と疲労が襲ってきて、さらに気を張る事の繰り返しでした。いくつもの峰を越えお昼にたどり着いた釈迦岳。

本当にお釈迦様が「よく来たね」と言ってくれている様でした。束の間の休息の間、倒れこんだまま、自分が感じている恐怖と疲労の程を先達の方々にぶちまけました。先達の方々は笑って聞いてくれていたので、「生きて元気で帰れるんではないかな?」と少し気が楽になりました。

休憩が終わり、その後も山越え・・・、谷越え・・・、なにがなんでも生きて帰りたいという思いから、断崖の上は四つ足動物の様に歩きました。足を掛けるところがなく滑り降りなければならないところもあり、履いていたカッパのズボンが2枚もボロボロになりましたcoldsweats02。変な歩き方をしたせいか、足指と膝はさらに痛みがひどくなり、ピクピク、プルプル痙攣していました。

最後の山の下り、体力も限界になり、どんどん遅れて一番最後の方と一緒になりました。ふらついて足元がおぼつかない僕を見て、先達の方が杖を貸してくれました。最後に一緒になった方とはその前にも二人で掛け声をかけて難所を乗り越えた方でした。お互いに足指と膝を傷めていましたが、「もう一度あの掛け声で最後までたどりつこう」と脚を進めました。二人で下り続け、到着地点が分かった時、僕は涙と鼻水がボトボトと勝手に落ちました。一番最後に到着すると、皆さんが拍手で迎えてくれました。

僕達が到着し、すぐに勤行が行われました。勤行の後、先生が「4日目まで残った人全員で勤行を行えたのは今まで初めての事で、本当に全員が無事で最後の勤行を迎えられてよかった」とお話され、改めて一緒にここまでたどり着けた皆様に感謝しました。

本当に貴重な経験でした。

体力には自身があり、僕はどこかに手放せないプライドがあったかもしれません。

肉体と精神が限界になり、プライドを手放さざるを得なくなった時に運良く沢山の方に助けて頂いたり、励まして頂きました。

そのせいか、人に対する接し方が少し変わってきた気がします。

内容が激しすぎて、最初に思っていた目的からは少しはずれましたが、参加させて頂いて良かったと思っています

 

9月5日、6日は熊野三山にお参りしました

そのエピソードはまた次回にwink

EMせっけん

僕は基本的には食器洗いが好きではありませんwobbly

そんな僕に少しだけ食器洗いをする気にさせてくれるのがこれ

「EM食器洗い液体せっけん」

EMとはEffective(有用) Microorganisms(微生物群)=有用微生物群の略です。

有用微生物とは、人間の腸内に住むビフィズス菌のように、環境を

良くし、動植物の細胞を活性化する働きを持つ酵素や生成物を作り

出す微生物のことで、人間や自然環境にも役立ちますclub

条件を整えれば微生物同士はお互い有用な共同作業ができます。

こうした複数の役に立つ微生物を組み合わせたものが、

EM(有用微生物群)です。

EM菌の特性でもある「汚染された環境を浄化する」という点を石けんに生かすことで河川の汚染や悪臭の発

生を抑えたり、界面活性剤の分解促進、環境浄化能力を向上させるなどの効果が期待されています。


 食器洗いはなかなか好きになれないですが、洗う度に地球の水がきれいになると思いながら洗うと、

少しは気もちよく食器洗いが出来ています

もち米の田んぼ

 

連日、暑いですねsun

それに、雨が降るときは激しいですrain

こんな時はいつも畑や田んぼの様子が気になりますeye

今年ももち米を育てています

友人家族が田植えを手伝ってくれました

「こんな風に植えつけるだけで稲が育つなんて信じられない」と友人は言っていましたが、天気の変化が激しい中、たくましく育ってくれています

 

 

今はこんな風に育ってます。

草引きも今年は頑張ってやっているので、しっかりと分けつしていますclub

僕も夏の稲や植物の様に、お日様の光を浴びて夏を伸び伸び過ごしたいと思いますsun

 

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